TeaTown’s blog

持続可能な社会に向けた独り言

ベーシック・インカム(Basic Income)とは

このブログでは様々な観点での持続可能性(sustainability)ということに焦点を当てて色々な情報や議論を紹介しようと考えていますが、社会の持続可能性という観点で注目しているアイディアにBasic Income(BI)というものがあります。更に、現在進行中の新型コロナウイルスの件では、行動制限により経済が膨大なダメージを受けており、現代社会のパンデミックへの脆弱性が明らかになりました。この点でも、BIが社会の持続可能性の一つの処方箋として注目を集めています。
 
さて、BIとは、一般的には、ある程度のお金を全員に給付することと考えられています。BIの定義やBIが持つべき特性の議論には色々ありますが、文献[1]にもある以下の説明が良いと思います。
 
(1) ベーシック(Basic) ... 基礎的な保障。全ての人に平等に、食べ物や住む場所に困らず、教育と医療を受けられる状態を保障するもの。
(2) 普遍的(Universal) ... ある地域コミュニティや地方自治体や国に通常居住する人すべてに給付を行うという。特定の地域やある条件に合致した集団などに配布するものではない。
(3) 個人への給付(Individual) ... 婚姻状態や家族・世帯の状況に関わらず、全ての個人に支給される。基礎的生活水準の平等を提供する。
(4) 無条件(Unconditional) ... 一切の条件はない。受給資格(e.g. 所得制限)はない。また、受給者のお金の使い方や行動に制約はない。
(5) 定期的(Periodical) ... 一時的な給付ではなく(そういうものはBasic Capitalと言う)、定期的に給付される。
 
現代社会で苦労して働いている人には、びっくりするような話に聞こえるかもしれません。なぜ、今、このBIの議論が盛り上がってきているのでしょうか?(ちなみに、今年のパンデミック以前から注目されています。)様々な背景がありますが、
第一には、現代資本主義社会に蓄積されてきた格差拡大の問題、
第二には、人工知能に代表される先端技術がもたらす将来の社会予測から想定される雇用の二極化問題、
第三には、パンデミックのような国家的危機へのフェールセーフ機構の必要性、
の3つがあると思います。
 
現代資本主義社会に蓄積されてきた様々な問題の中でも大きなものは、「貧富の差の拡大」です。むしろ、今は、「貧富の差の極大化」と言ってもいいかと思います。
World Inequity Report(https://wir2018.wid.world/)の2018年版によれば、アメリカの上位1%人々の収入の総和は、下位50%の人々の収入の総和の2倍以上になっています。フランスの経済学者エマニュエル・サエズとガブリエル・ズックマンの「アメリカの富の90パーセントは人口の1パーセント以下の超富裕層に集中している」という研究も有名だと思います。アメリカでは有名大学に入るのに学生が莫大な借金をして就職後にそのローン返済で疲弊するという社会現象も見られ、一部の富裕層の子弟だけそういう借金から逃れていることに批判が多くなっています。このような背景もあり、学生たちが主体となり始まったWall Street 占拠の活動は記憶に新しいところでしょう。
 
多くの国では、この問題に対しては、累進課税により富裕層からは税を多くとり、貧困層には社会扶助(e.g. 生活保護手当)をすることで、貧富の差の解消をする所得再配分の仕組みがあるわけです。しかし、リーマンショック後の金融緩和で結果的に高所得者層がより所得を積み増したり、高所得者への減税措置が取られたりする中で、必要な人に生活保護手当が支給されないという制度的問題などが山積しています。もはや、所得再配分の仕組みは機能不全を起こしているのです。
 
将来の社会予測から想定される問題の一つは、「人工知能技術による仕事の減少」です。(個人的には、人工知能という言葉を引き合いに出すのは好きではなく、「人工知能」のところは、本質的には「機械学習によるITの高度化」というべきと思いますが、一般的に分かりやすいので、ここでも「人工知能」という言葉を使っておきます。)この辺の議論は、文献[2]に詳しいですが、それをサマリーすると、以下のようになります。過去の産業革命と同様に、新しい技術が従来の仕事を奪うのは必然と言えます。ただ、人工知能技術が代替するのは、ルーチンワーク化されたある種の事務労働となります。現在は、ここが仕事量的に一番のボリュームゾーンなわけです。一番のボリュームゾーンである事務労働を人工知能技術に代替されることで、その仕事をしていた人たちは、単価が安い肉体労働(サービス業など体を動かす仕事)かより単価が高い頭脳労働に移動するしかなくなります。しかし、頭脳労働はより高いスキルを必要とするので一般にそこへの移動は難しい。となると、より単価の安い肉体労働に移動せざるを得なくなり、その結果、中間所得層が崩壊し、高所得層と低所得層へと二分されることになってしまうというわけです。
 
このような現状と将来予測を見ていると、現在の資本主義社会の仕組みそのままでは、社会の持続可能性の観点で問題があり、いずれディストピアになってしまいそうだというわけです。そこで、これらの様々な問題解決の基礎となる仕組みとして近年議論されているのがBIなのです。
 
今年のパンデミックの休業要請(海外では都市のロックダウン)では、社会の各層に多大な負担が生じました。国民の生活を守るため多くの国で現金給付が行われています。これは、BI的な施策であり、このような国家的な危機にはBI的な対策がフェールセーフ機構として必要であることが多くの人々に認識されたと思います。一時の給付だとBasic Capitalですが、今後の第2波や第3波での休業要請(ロックダウン)や別のパンデミックの可能性を考えると、恒常的なBI化することが、社会のレジリエンスと持続可能性を考える上でも重要だと思います。
 
ちなみに、BIは、政治的には真逆の右派からも左派からも賛成されると同時に反対もされていて、論点は単純な右派・左派の軸にはないと言えます。この点は、従来の政治的アイディアとは異なる面白い点だと思います。
 
[1] Guy Standing、ベーシックインカムへの道
[2] 井上智洋、AI時代の新・ベーシックインカム